京都支部

第16回京都支部「春の集い」

 今回Teele先生による「『天路歴程』を読み直す」という題での講演があり、参加させて頂きました。 
 英語圏(特にプロテスタント圏)で聖書に次いでよく読まれている本です。作者 John Bunyan は当時の非国教徒に対する弾圧で32歳から44歳まで牢獄にいました。その間の思索が『天路歴程』を生み出しました。Christianという名の人物が、苦難を背負いながらCity of DestructionからCelestial City (シオン)へと向かう魂の巡礼の物語です。先生はChristian が出会う人々と場所を系統的に図式化され、この旅の意味を説明されました。各人にはそれぞれ人間の本性を表す名前が付いており(Help, Goodwill, Mr.Worldly Wiseman等)、場所にはSlough of Despond, Wall of Salvation, Vanity Fair 等の名前が付けられています。このような場所を通るということは、誰もが人生において苦難や悩み、葛藤などを経験するのだということを表しています。
 17世紀前半までよく用いられたDream Vision という文学形式で書かれた優れたAllegory の物語で、後々の多くの文学作品に影響を与えています。Vanity Fair はThackeray の作品の題で有名です。『若草物語』では姉妹が『天路歴程』のすごろくで遊んでいます。文学ではありませんが、昭和天皇の「人間宣言」に Slough of Despond (失意の淵)の表現があります。
 先生は『天路歴程』の中の問題は現代でもよく見られる問題であり、我々の生き方を示唆してくれる非常に有意義なガイドブックであると締めくくられました。そして我々は何事においても安逸な道を取りがちであるということを悟らせてくれる本ということで、自分自身について考えさせられる心に残る講演でした。(1965年卒 69年同大院修了)

第15回京都支部「春の集い」


 今度辻裕子先生のミルトンのご講義を聴講させて頂きました事、ありがとうございました。学生時代は、ノートを取るだけで精一杯でしたので少し不安な思いを持ちながら当日席につきました。ですが、ご講義が始まり、ノートを取りながら、それまでの不安が消え、何か少しずつ嬉しい思いで満たされて居りました。聴講させて頂きながら、少しずつ心にすっと入る事が増えた為でした。
 聴き手の研究という項では、作品の場面は別として、”To mark what of their state he more might learn”, “all ear to hear”という節は、日々の生活の中で大切な姿勢では?と自らに問いかけずにはいられませんでした。又、何かと伝えたい時には、冷静に、客観的にと思うことが多くありました。ですが、”extreme vividness”を伺いました時、あっと目から鱗が落ちる思いでした。
 『アレオパジティカ』の、”disputing, reasoning, inventing, discoursing”の一節は、地道な毎日の大切さを教えてくださいました。結びのお話での、RhetoricはLiberal Artsの基を作っていますとのお言葉に、「卒業生として、生活していますか。」と問われていると改めて思いました。
 ご講義の後のお茶の時に伺いました、尾崎先生のお話、先輩の皆様のご経験に、自分の限界を知り、それを越える努力をすることを忘れないようにと思いを致す時を過ごさせて頂きました。有り難うございました。(1983年卒 87年院修了)

第14回京都支部「春の集い」
ようやく春めき、桜も見頃の2014年3月29日、「春の集い」に参加させていただきました。
杉野徹先生が、アイルランド詩人、シェイマス・ヒーニー(Seamus Heaney 1939-2013)について、流暢な詩の朗読とともに、お話し下さいました。北アイルランドの農家に生まれたヒーニーは、中学教師をしながら詩人として活動、1966年に詩集「ナチュラリストの死」を出版、後にハーバード大学教授を務め、1995年にはノーベル文学賞を受賞、クリントン元大統領に、”A gift to the world, a true son of Northern Ireland と称賛されたそうです。イギリス本国から常に圧迫の歴史の北アイルランド、その自然は厳しく、人々はturf という湿った土壌を耕し、乾かし、燃料にしたという、そんな土地で生まれたヒーニーの詩、人間の真の幸福とは何か。晩年、病に倒れ、死を目前に夫人の手を取って、”Noli Timere. (Dont be afraid.) という言葉を残し、今が幸せだと表現したそうです。 Dont be afraid, for I am with you.” は聖書に出てくる言葉だそうです。聞くと安心する響きですね。会の最後は、ご列席されていた尾崎先生の格調ある詩の朗読と、「HopeOptimismではなくConvictionであるべきだ」というお言葉で幕を閉じました。
私も還暦を前に、もう一度学び直そうと昨年から本大学に聴講生として通っています。新しい科目も多くあります。毎回勇気を振り絞って若さ溢れる教室に入っていますが、”Dont be afraid.”、恥ずかしがらずに今年も続けよう、Hopeを持って、自らの行いでそのHopeOptimismからConvictionになるように!先生方、貴重なお言葉を有難うございました。(1978年卒)
第13回京都支部「春の集い」

 

30年振りに京都に住むことになり、初めて「春の集い」に参加させていただきました。薄曇りの3月30日、久しぶりに同志社女子大学の門をくぐり栄光館の前に立った時には、一瞬にして学生時代の自分が居ました。ジェームス館に入ると、床、壁、階段には当時の匂いを感じました。教室では、初めて授業を受けた時の様な懐かしい緊張感がありました。
 その日は、前日にアメリカから戻られたばかりというジュリエット・カーペンター先生の、司馬遼太郎の長編歴史小説『坂の上の雲』の翻訳を終えての講演でした。過去には複数の翻訳家が試みたけれども、登場人物の多さ、文化、制度の違いなどを外国語で表現することが難しくて、なかなか書籍化が実現しなかった事を知りました。カーペンター先生は、長年にわたり日本文化を研究、かつ、両言語に精通されて、数々の日本文学の翻訳をされているからこそのご苦労、面白さなどをお話し下さいました。大変興味深く、時間はあっという間に過ぎました。この翻訳の書籍化を待っていた人達は大変喜んでいるに違いないと思いました。
 講演の後は、和菓子とお茶を頂きながらの和やかな懇談会になりました。今回の春の集いには、50名ほどの参加があり、そこで一人ひとり、感想と近況報告を述べました。多くの同窓の方々が、いくつになっても知的好奇心や向上心を持ち、活躍されていることに深く感銘を受けました。卒業後、英文学からは程遠い生活をしてきた私にとって、大変いい刺激となりました。この様な機会を与えて下さった京都支部のスタッフの皆様に感謝申し上げます。有り難うございました。(1975年卒)
 
第12回京都支部「春の集い」
 英文学会から春の集いの案内を頂き、甲南女子大学教授小林俊郎先生の「オックスフォード古書修行」のタイトルを目にした時は、難解な英文学の講義ではないかと思い巡らしながら、ジェームス館に赴きました。

 ところが先生の講義内容は、19世紀後半から1930年代のイギリス文化史の古書を通して英文学を理解する。これは新鮮なアプローチの仕方だなと思いました。

 先生のこの講義の中で、林アキという女性の存在を初めて知り、彼女について深く知りたくて、彼女に関する書籍(ブランデンの愛の手紙 岡田純枝著)を読みました。林アキ(1889年~1962年)は英国屈指の詩人エドマンド・ブランデン(1896年~1974年)の恋人でもあり秘書でもあった日本人女性。ブランデンは1924年東京帝国大学で英文学を教えるため来日、約3年間滞在、1925年軽井沢での夏期講習会で林アキと出会う。2年後彼はイギリスに妻子がいるにもかかわらず、アキとの結婚約束のもとにアキを連れてイギリスに戻る。その後彼は2回結婚をするのですが、アキとは結婚せず、アキはひとりロンドンの大英図書館・博物館にてブランデンのために古い新聞や手書き原稿を一心に書き写す。彼女は一度も日本に戻らず、友人も作らず、第2次世界大戦中、外国人登録書には「在留敵国人」と記され、忍耐をもってブランデンへの献身的な愛を貫き通し、1962年ロンドンで亡くなる。

 皆様は彼女の生き方についてどのように感じられるでしょうか。アキの知られざる物語に少しでも光が当たること願いつつ。中島俊郎先生、英文学事務局の方々に彼女を知るチャンスを与えてくださった事に感謝申し上げます。  
                                                           
                                                         池西幸子(1970年卒)
第11回京都支部「春の集い」

 312日それはあの地震の翌日に参加、懐かしい母なるジェームス館、44年振りにお会いする児玉先生、何もお変わりなく、解り良いレクチャーを頂きました。

 日を追うごとに想像を越える被害が明らかになるにつれ、原子力平和利用の時代は、私たちに襟をただし、もう一度じっくり、文明の豊かさ、物質優先共通の思想をこんなにもはかない、一瞬にして奪われる虚しい時代だと悟らせたようです。

 一方私達は、同女で学んだ4年間の短い中にも、一人一人に刻み込まれた実りある知的財産、大きな文化的品格の高いもの、一瞬にして奪われる事もない、学ばせて頂いた事はそれを幹にして、枝葉を繁らせ今日私は生きている。改めて、この財産こそ不変と思い、そんな喜びが湧きあがってまいりました。

 日々感謝、人生秋への移行、この時期を豊かに満喫しつつ(I’m  a  challenger)と努力し念じ。同窓生のかたがたの温もり、凛としたたたずまい、親密感、和やかな会話、そして眠りを目覚めさせて下さった講義、この貴重な機会を与えて下さった「春の集い」また、もう一度学生になって学びたく思いました。お世話頂きました皆様に心より御礼申し上げます。有難うございました。(1967年卒)

 

 

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